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読めないものは書けない。 さて、書くということについて述べましょう。書くことがしゃべることの基礎であり、しゃべれるようになりたいのであれば書けと前章で言いました。そのとおりで、私はメールなり文書なりたくさん書くことをすすめます。が、一つ気をつけなければいけない点があります。いくらがんばって作文を練習したところで自分が読めないような文章は書けないということです。中学英語しか読めない人はそれ相当かそれ以下のレベルの文しか書けないし、高校英語しか読解できない人は同じくそれ相当かそれ以下の文章しか書けません。したがって高度なレベルの文を書きたいのであれば、自分の読めるレベルを上げなければいけません。私は中学のときバスケットボールをやっていましたが、顧問の先生が「ディフェンスが弱いチームはオフェンスも弱いんだ。弱いディフェンスでは強いオフェンスの練習はできないだろう。強くなりたければディフェンスを練習しろ」と言いましたが、よく似た関係だと思います。しっかりとした文を書きたければリーディングをたくさんしなければいけません。 危険なのは、たいしたリーディングをしなくても一生懸命に英作文と会話を自分なりに頑張れば、なんとかそれなりのものを会得することができてしまうことです。アメリカに行ってアイスクリームを買ったりレストランで注文するくらいは何とかなるものです。それで自分は英語ができると錯覚してそのフレーズをずっと使ってしまう人がいますが、本当に使える英語をしゃべるのであればどんどん新聞や雑誌の本物の英語を読んで吸収していかないとターザン英語になってしまいます。パリのオルセー美術館に行くとすごくたくさんの生徒が絵の前に座り込んで模写をしています。ボストンでジャズの演奏を聴きに行くとバークリー音楽院の学生がメモをとりながら聴いています。音大の生徒は楽器の練習と同じくらい本物の生演奏を聴くことが大切だからです。英語もまったく同じで、いかにたくさんの文章を読んだかということになります。 書く前に読め、これが私のポイントです。 |